【恋愛】今こそ、わたせせいぞうの世界へ【ファッション】
大滝詠一の「スピーチ・バルーン」を聴くと、何故かわたせせいぞう(以下、敬称略)コミックの吹き出しを思い浮かべてしまう、ヒデローです。
先日Amazonを見ていたら、丁度わたせせいぞうの画集が発売されたところでした。
僕等の世代は、ハート・カクテルでつまずいた方が意外に多いのではないでしょうか。リアルタイムだったからこそ、逆に食わず嫌いを多く生んでしまっていた気がします。
そこで、もしまだ読んでいない人が居たら今すぐ読んだ方が良い、ハート・カクテル(および、わたせ作品)の世界について。
トレンディなんて言葉で片づけちゃってるなら、凄くもったいないですよ!
描かれる恋愛はとても誠実
わたせ作品にたいして、ちょっとキザだったり、オシャレな言い回しになんだか軽薄なイメージを持たれている方も多いのではないかと思います。でもそれは大きな、大きな間違い。わたせ作品は、そのほとんどが穏やかで落ち着いた純愛なモノなのです。
たとえば、名作の呼ぶ声高い「ハリーの指定席」。
バーでの何気ないやりとりからはじまる小さなストーリーは、失恋のつらさや寂しさを声高に叫んだりはしません。ミニマルな状況設定で、失恋の喪失感を穏やかに描き、特に進展もないまま終わるストーリーは、それでも夜風のように読む人を優しい気持ちにさせます。
これは漫画家の柴門ふみさんがテレビで語られていたのですが、「80年代は、恋愛至上主義。恋愛が生活の中心で、誰もが恋愛するために働き、恋愛するために遊び、恋愛するために生きていた」そんな時代だったと、あの頃を振り返っていました。
そんななか、非常にまっとうな恋愛ストーリーをシンプルに描いたハート・カクテルは、80年代の狂乱からは少し距離を置いたような、どちらかというと若干内省的でチルアウトな雰囲気があったように思います。
今は恋愛不在の時代と言われたりします。社会的にもセクハラだストーカーだ不倫だと、身動きが取りづらいというのもあるでしょう。
わたせ作品には、そんな状況でも「ほっ」と肩の力を抜いて、素直に「恋愛って素敵だよね」って言える余裕を与えてくれるような気がします。
今だからこそ真似したい、ファッションやクルマ
作者自体とてもおしゃれな方ですが、作中のファッションも、基本的に服装はキレイめ&コンサバ。
ダッフルやカシミヤのコート、ウェリントンの眼鏡、アメトラっぽいファッションの男性や、アンサンブルのニットを肩に掛けた女性、細かなプリーツのスカートにローファーなど、今みても全然古くさくないどころか、今年の秋冬当たり、真似してみたくなるようなモノばかりです。
中年向けのファッション雑誌が持つ特有のギラついたりリッチ過ぎたりする感覚に、どこかついて行けない僕のような人には、もう一度ファッションに興味を持つ良いきっかけになるのではないでしょうか。
最近の若い子たちがカジュアルな80年代”風”のファッションなら、僕ら大人はコンサバな80年代(風)を身に纏ってみるのも、なんだか新しい80年代を発見できそうでワクワクします。そんなときにきっと、わたせせいぞう作品は良い教科書になるでしょう。あの頃夢見ていた大人を気取るなら、まさに40代の今しかないかもしれません。
さらには、あの頃の恋の必需品、クルマも見逃せません。
当時はソアラだシーマだスープラだと、ラグジュアリースポーツ全盛でしたが、わたせ作品に出てくるのは、往年の名車(特に外車)ばかり。それが逆に、今でも古くさくない雰囲気を作るのに一役買っています。
サリーの指定席に出てくる「Citroen 2CV」もそうですが、ミニやカニ目、チンクにVW、ベスパにモトグッツィ等、大人になったからこそ手を出したい名車達が、すてきなストーリーにそっと華を添えます。しかも、やり過ぎないギリギリのチョイスが心憎い。サリーの助手席がランボとかだったら、「・・・。」ですもんね。ストーリーを邪魔しない粋なクルマ。これは実生活でも大いに倣うべき点だと思います。
特にマンガには興味なくても、ちょっと古めの外国車好きで、まだわたせ作品に触れられていない方なら、ぜひ書店で中を覗いてみてください。きっと「そうきたか」なんてニンヤリしてしまうと思いますよ。
全く古びない、都会的な画風
わたせせいぞうの作品は、リーニュ・クレール様式と言われることがあります。これはフランスの漫画、バンドデシネで昔流行った技法。「タンタンの冒険」の絵を想像して頂くと分かりやすいのですが、一般的に色と色の境界がはっきりしていて、場合によっては均一な線で描かれているものを指します。漫画の世界では結構というか、相当古い手法です。
先の鈴木英人もこの技法に分類されるイラストレーターなのですが、わたせせいぞうは、あえて同じ漫画の世界で、同じ技法を使いながら、全く新しいスタイリッシュな表現を提示したところが、素人の僕から見ても素晴らしく革新的だったんだろうなあ、と思います。古くささなんて今でも全く感じません。
また、1話あたり4ページという短いストーリーや、B5版の装丁等、最近ではよく見かけますが、それを時代的にかなり早い段階で実践していたりと、当初から趣向というかコンセプトがしっかりしていたようです。それが、ストーリーや絵の世界観とマッチして全然奇抜に感じないのが、やはり凄いクリエーターだなあ、と感心させられるわけです。
穏やかな大人の「コミック・アート」
どうでしょう。80年代を彩ったイラストレーターのなかで、素敵なストーリーを連れていたのはわたせせいぞうだけでした。あのころトレンディーなイメージに物怖じして手を出せなかった方も、是非読んでみられることをオススメします。現代の喧噪から離れ、ほっとするようなストーリーと、都会的だけどどこかノスタルジックなイラストに、きっとあの頃を思い出すでしょう。
※今回は色々諸事情で余り画像が使えず、古い映像ばかりでとても残念です。
お詫びと言ってはなんですが、現在webで公開されているわたせワールドを1つ。